アストル・ピアソラ(1921ー1992)
Astor Piazzolla

アストル・ピアソラは1921年アルゼンチン生まれ。 8歳のころタンゴ好きの父親からバンドネオンを買い与えられめきめき上達、ブエノスアイレスで一流のタンゴ楽団に入団し、ナイトクラブやダンスホールで演奏、数年後には自分の楽団を持つまでになった。 しかし、 ピアソラは次第にダンスのためのタンゴには、形式が定められ制限が多いことに疑念を持ち、楽団を解散しタンゴ界に距離を置いた。その後自分の音楽を模索し、クラシック音楽を学ぼうとパリに留学。 そこで名教師N.ブーランジェに、タンゴこそがピアソラ音楽の原点であることを指摘され、タンゴの新たな可能性に目覚め、自らのタンゴをつくることを決意。 ブエノスアイレスに帰国し踊るための制限に縛られない、聴くためのタンゴを演奏する独自の楽団を結成し活動を始めた。しかし、それまでのタンゴとのあまりの違いに多くの反発を受けたものの、より完成度の高い新しいタンゴを追求し続けた。

リベルタンゴ(1970年代)
Libertango

1970年代、 ロックを自分のタンゴに取り入れようと、いくつかのタンゴをつくる。 その一つが本曲「リベルタンゴ」。ピアソラはこの曲について、「自由への賛歌のようなものだ…」と語っている。 困難に屈することなく新たなタンゴの世界を切り拓いた、ピアソラを代表する名曲の一つ。

オブリビオン(1984)
Oblivion

リベルタンゴ作曲の約10年後、1984年のイタリア映画『エンリコ4世』の挿入曲として作曲された。 映画『エンリコ4世』は、落馬事故で頭を打ったショックで記憶を失い、自分が皇帝エンリコ4世だと思い込んで 古城で暮らす男を主人公にした一風変わったストーリー。 「オブリビオン=忘却」というタイトルが物語るように、甘美なメロディながらどこかはかないこの曲は、 狂気と正気の交錯するようなこの映画の雰囲気を表出している。 ピアソラ作品の中でも人気が高いものの一つで、クラシック奏者にも好んで演奏されている。

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