ピエトロ・マスカーニ(1863-1945)
Pietro Mascagni

ピエトロ・マスカーニはイタリアのトスカーナ州リヴォルノ市にパン屋の息子として生まれた。父親は家業を継がせようとしたが、それに反して音楽を志し、1882年ミラノ音楽院に入学、ポンキエッリに学ぶ。2年で中退した後オペレッタ一座の指揮者となって各地を巡業し、その後プグリア州チェリニョーラ市で音楽教師をしながら作曲を行う。1888年音楽出版社ソンツォーニョのオペラ懸賞に応募した「カヴァレリア・ルスティカーナ」が一位入賞となり、一躍認められた。1890年ローマでの初演はセンセーションを巻き起こし、1年足らずのうちに世界中で上演され、現実社会を写実的に描くヴェリズモ歌劇の代表作となり、以後同時代のオペラ作曲家に道を開いた。その後「友人フリッツ」や「イリス」、「仮面」など15曲のオペラを書いたが、いずれも出世作以上には成功しなかった。1895年から1902年にはペザロのロッシーニ音楽院の院長をつとめ、後にローマに移住、その地で逝去した。

歌劇 「カヴァレリア・ルスティカーナ」より 間奏曲(1888)
"Cavalleria Rusticana", Intermezzo

「カヴァレリア・ルスティカーナ」とは「田舎の騎士道」という意味だが、シチリア島を舞台にした歌劇。軍隊から除隊してきたトゥリッドゥは、恋人ローラがアルフィオと結婚していたため、代わりにサントゥッツァに愛を求める。しかしローラを諦めきれずに密会を繰り返し、それが露見して決闘になり、殺される、という悲劇である。  1幕物であるが、途中に現れるオーケストラ演奏による「間奏曲(Intermezzo)」は崇高な愛のメロディで有名になり、教会の場面でも歌唱のバックに流れてくるなど、この歌劇の曲中の白眉である。

Copyright(C) Orchestra “Plettro”